展覧会

2017年 春季展

本館

作品は深く語る ~中国・日本美術の地平~

美術作品との向き合い方は人それぞれ、まさに千差万別です。それを見つめることが文化の蓄積の歴史を生きることであり、私たちめいめいが自分一人の生命を超えた奥深い何かをそこに発見することが出来るとするなら、本当に素晴らしい体験です。美術作品との出会いが一度限りの私たちの人生に豊かなふくらみを齎(もたら)す可能性を秘めているのです。

ですから各自が一つ一つの作品に繰り返し密着する中で、いろいろな方向から、まるでシナプス(神経線維のつながり)の如く手を伸ばし、情報回路を盛んに組み立てることによって、恰(あたか)も赤ん坊のほんの些細な仕草(しぐさ)に大切なメッセージを読み取ろうとする親や祖父母のように、作品の新たな局面を発見し、この作品は「何て面白いのだ」と感激して、あわよくば、作品と共に私たちが成長する夢を抱いています。

さあ皆さん、白鶴美術館が蔵する中国・日本を中心とする優れた美術作品をひたすら見つめる行為を継続する中で、時空を超えた地平で生まれた美術の世界に一歩でも肉薄しようではありませんか。

例えば、「五彩武人図有蓋壺」(明時代)に登場する24名の人物の内、上半身裸の二人の髭面男に注目しましょう。どうも拳法らしき闘いをしています。かなりお腹が出ていて余り強そうではありませんが、両者の帯のつけ方は理に叶っていると思えます。すなわち、帯は背面で幅広く、臍下(へそした)〔まさに臍下丹田(せいかたんでん)の辺り〕で細くしっかり結ばれており、一番力の出る結び方ではないでしょうか。これ一つ採り上げましても、この壺の上絵付師は侮れない気が致します。

この様に、ほんのささやかな気づきが私たちに訪れた時、それをキッカケとして、展示作品たちが饒舌に語り掛けて来るかもしれません。

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主な展示品

象文尊<臣辰尊>(ぞうもんそん<しんしんそん>)

白鶴美術館蔵 重要文化財
西周時代 高29.4cm 伝河南省洛陽出土

尊は祭祀の場に置かれた酒器で、器表は神威の現れを示す意匠で覆われている。すなわち、頸部には縦に顧首(こしゅ)の夔鳳文(きほうもん)を背中合わせにした蕉葉形の文様を、その下方に、小さな夔龍文を伴った顧首の夔鳳文を表現し、胴部には象の文様を、圏台には顧首の夔鳳文を表している。内底の50字の銘文により、西周第二代成王の時代に、殷族の有力貴族<庶殷(しょいん)という>の一人である臣辰光によって、父の癸(き)を祀る祭器として造られたことが分る。また、宗周(王都)、京(神都)と共に新邑の成周(東都)の名が登場し、胴部に計4頭の象が大きく表されていることから、まるで、この一族が西周新都の洛陽建設に重きをなしていたかのような想像を誘う。「為」の甲骨文字<商(殷)時代後期に誕生>は象の鼻先を手で引っ張る形であり、手を以って象を使役する意で、土木工事などの工作をすることを言う。安陽県侯家荘西北岡の1443号大墓〔商(殷)時代の王墓の一つ?〕からは、象一体分の骨が、象使いらしい人間一体分の骨と共に発見されていることなどを考え合わせると、西周時代初期の洛陽にも恐らく象がいたのであろう。

鍍金花鳥獣文銀杯

外面の連珠と鍍金の輝きが一際生える銀杯。鎚鍱(打ち出し)によって成形する。連珠を境に上下二段で10個の蓮弁形の区画が設けられ、その一々に鏨による蹴彫りによって文様が刻まれる。上側の区画では、樹石や花、蝶々の間を虎や猪、鹿、兎が駆け、或いは鴨、隼、花をくわえる所謂「花喰鳥」などが飛翔し、下側の区画では、ヤツガシラや蝶々、雲などが表される。前者では、隣り合う区画の動物同士で呼応する場面も見られ、また花喰鳥は伝統的な瑞鳥(吉祥を表す鳥)である。これらの文様以外の空間も小さな粒状の魚々子文で埋め尽くされる。

この杯に口をつけて酒などを飲んだ人々は、そこに広がる文様世界に理想郷をみたのであろうか。本作は、脚部も造形的に優れており、十弁の花のような受け台、10個の連珠を模した節、更に十方の裾へと流れるように繋がり、これら一つ一つの部材に文様が刻まれる。

当作品と極めて類似したものが、中国陝西省西安市の韓森寨緯十街の窖(あなぐら)から出土しており、都・長安でも愛でられたタイプの銀器であることが分かる。制作年代は7世紀末から8世紀初めであろう。

五彩武人図壺

明時代

五彩は明時代に生まれた華やかな陶磁器である。五彩をもって陶磁器表面は多彩な絵画で覆われるようになった。白い金とまで称される景徳鎮陶磁の基礎をなす技法のひとつともいえるだろう。ただ、多くの五彩が筆の動きを感じるような作品が多いなかで、本作は細い描線で描かれ、精緻さが際立つ。

正面中央、龍袍をまとう人物とその前で行われている格闘技を中心に武人たちが描かれるが、こうした画題に比して、温和な印象を与えている。それを観戦する周辺の武人たちも、しなやかな指先で、個々の表情には愛らしさが溢れている。勇壮なはずの甲冑やバックルなどに施される獅子もほほえましい。上下に施される文様の表現も主要画面に近く、すべて同じひとの手によるものかと思われる。

金銅小幡(こんどうしょうばん)

重要文化財
日本 白鳳時代 法隆寺伝来 長39.9 幅12.0cm

この幡は法隆寺の仏堂内を飾った荘厳具(しょうごんぐ)の一部と看做されている。東京国立博物館(東博)の法隆寺献納宝物によれば、本来縦長の坪7枚を蝶番(ちょうつがい)で繋いでいた。6枚分と僅かの断片が東博にあって、これは第7坪目に当り、元々はその下端から色鮮やかに染められた絹製の幡脚が垂下していた。外区に五葉のパルメット波状唐草文、内区には華籠(けこ)を捧げる飛天、蓮の蕾と花びらを各手に持つ飛天、蓮華座上で横笛を吹く天人が表され、その頭髪や瞳そして唇は群青、墨、朱で彩色されていた。その堅実な透かし彫り技法、滞りない躍動感を感じる流麗な毛彫り線は当代一流の工人の手になることを伝えている。

なお、東博には全7坪が揃った別の1旒があり、現時点では、計14坪の金銅小幡が知られている。その内、横笛を吹く天人は11坪に見出され、両面で22躰になる。それらの奏楽天は良く似通っているが、全く同じものはなく、唯一この奏楽天には帯の一部に彫り忘れがある。そのような瑕瑾はあるにしても、他に比して、実に生き生きとした表現で、それ故、担当工人への興味が沸々と湧いて来る。

高野大師行状図画 全十巻の内 一巻

重要文化財
鎌倉時代 31.5×1342.9cm

高野大師(774~835:弘法大師 空海)の生涯を絵画化し、その不可思議な逸話に彩られた人生を伝えた絵巻で、淡彩ながら、表現力に富む。また多数存在する高野大師空海の伝記絵巻のなかでも、早期のものとして貴重な作例である。

この画は空海誕生の場面で、寝静まった邸内には従者が控え、馬が養われている。両親が眠る室内の襖や畳、立てられた屏風や几帳など豊かな生家の様子が伺える。画面の右上には、雲に乗る僧が空に佇んでおり、日常のなかの不思議な光景が演出されている。詞書は「父母の夢に天竺より聖人とひ来て懐中に入とみてはらまれたまふ」と語る。

四季花鳥図屏風 六曲一双の内 右隻
伝狩野永徳筆

桃山時代 164.6×359.0cm

「四季花鳥図」という通り、季節表わす草花や樹木、そして鳥たちを描く。屏風に描かれる場合、右から春夏秋冬と重なり流れるように表現されることが多く、本作においても六曲一双のうち、右隻に春夏を、左隻に秋冬が表わされている。

この画は右隻側で、桜と桐、そして中央には水景の前に二羽の鳳凰を描く。左隻には孔雀を主役に紅葉と雪山、松が描かれている。一双の両端に太湖石とよばれる奇岩を配し、中央に向かって樹が枝を伸ばす。胡粉によって盛り上げ、型押しされた金雲が絢爛たる桃山絵画の特徴をよく表している。狩野永徳筆として伝えられるが、その父、狩野派三代の松栄とみる説もある。

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